2018年08月07日

Education=教育?

中学部主任の實方です。今年も勝負の夏がやってきましたね。受験生の目が日を追うごとに真剣になっていくのがありありと感じられます。

さて、ここ数回のブログで、グループディスカッションや発表などアクティヴ・ラーニング型の授業をご紹介させていただきました。各ブログ内容を読んでいて疑問が生じてきました。そもそもアクティヴ・ラーニング型の授業が必要な理由ってなんでしょうか。「変化の激しいこれからの社会を生きる力」を育成するためと言われていますが、抽象的でなんだか胡散臭いですよね。そこで、今後社会で必要とされる力とは、そして、なぜ「アクティヴ・ラーニング型の授業」が必要なのかと私なりに考えてみました。

早速ですが「education」の訳語って何でしょう。「教育」に決まってるだろうと声が聞こえてきそうです。ここにヒントがあります。

ラテン語:educatus. e-(外へ)+-duc(導く)+-ate=能力を導き出すようにする。

そして「導」の原義は一定方向に引いていく、案内する、手引きして教えるという意だとどこかで聞いたことがあります。つまり「教」育ではなく、「導」育であると。

確かに、寺子屋など昔の人々の指導を紐解いてみると、導きこそすれ、教えることはしなかったように思います。なぜそうなるのか、自分ならどうするかを考え、同志と議論するなかで自ら「気づく」。この「気づき」で業を身に付けていく。そう、これが本来の授業のあり方なのだと思います。これが「業(わざ)」を「授ける」と書いて「授業」という所以なのですね。

インターネット、テレビ、ゲーム、スマホ等デジタルの時代になった現代では、対面でのコミュニケーションが希薄になり、対人コミュニケーションが苦手という人が増えているとよく耳にします。しかし、その力が社会に出た際に一番必要とされる力だということは火を見るより明らかです。アクティヴ・ラーニング型の授業は人と人との関わりが少なくなった現代だからこそ必要とされる学習の仕方なのですね。そして教育の根本的な考え方がここにあるのだということもわかります。

ということで、E-styleでは小学部・中学部にかかわらず、一貫して「対話型」「問答型」「発表型」の授業を展開しているのです。都立高校の入試問題はまだまだその要素が少ないですが、今後は最難関都立校の自校作成問題を中心に大きく変わってくることでしょう。

受験も大切ですが、その先にある子どもたちの未来に役立つ指導を日々追求したいものです。E-styleの指導は「教」育ではなく、「導」育。先生方の呼び方も「講師」ではなく、「導師」にしますかね。いや、ちょっと宗教っぽいのでやめておきましょう…。

1人でも多くの子どもたちの未来をプラスの意味で変えられる塾でありたいものです。皆さん、お待ちしております。

写真の板書は中3授業内で実施した生徒による解説とそれに対するフィードバックです。