2021年10月15日

小3指導はここがおもしろい

E‐Styleの荒海です。
E-styleに通う生徒たちが目指す都内の公立中高一貫校入試では、「自分の意見」を求める問題が出されます。
でも、「自分の意見」を答えるのってむずかしいです。そもそも「自分の意見」なんてそれほど持ち合わせがありません。それなのにテストでは今まで考えたこともなかったことについて、「自分の意見」を答えないといけません。
「日本の林業のためにできることは?」とか「道具を新たにデザインすることの意義は?」とか「服をもっと便利なものにするためには、どのような工夫があればいいと思う?」とか。
答えるのは、小学6年生です。

大人になると、こういう質問に対して、「どこかで聞いたような意見」で答えることができます。それは決して「自分の意見」ではありませんが、でも、とりあえず何か答えることはできます。
受検生はどう答えるでしょうか?

高学年になると、だんだんと「どこかで聞いたような意見」が言えるようになります。同時に、「自分の意見」は恥ずかしがって言えなくなるようです。
誰だって思春期になれば、「それは違う」とか「普通とは違う意見だ」と言われることはさけたいものですよね。
そうして「自分の意見」を答える問題に苦手意識を持つようになります。

でも、低学年のころから「自分の意見」を考えている子は違います。

E-styleの3年生の授業は、「国語」しかありません。
身近な科学をテーマにした説明文を読み、それについて自由に意見をかわしあい、そのうえで読解問題、しかも選択問題はなくて、記述問題ばかりに答えていきます。
「読んで、答える」
ではなくて、
「読んで、考えて、答える」
のがE-styleの国語です。

先日の授業では、「世界中で同じ貝がいるのはなぜ?」というテーマの文章を扱い、ディスカッションをしました。
この疑問への科学的(?)な答えは、「海流に運ばれる」です。これが教科書にのっている答えです。(ハマグリは体からひものようなものを出して、それを海流になびかせながら移動するそうです!)
でも、自分の考えを発表することに慣れている生徒たちは、その答えを聞いたあとであっても、「でも」と言います。そして、「なかには泳げる貝もいるんじゃないか」とか、「地面にもぐる貝がいるから、海底を移動しているんじゃないか」とか、「だから貝のカラって硬いのかもしれない!」と、様々に自由な意見を言い、お互いの意見に反応します。
聞いていて、思わず心からうなずいてしまいます。科学的な事実より、こちらのほうが彼らにとって真実であるということがよくわかるからです。

これこそが本当の意味での「自分の意見」なんだろうと思います。
そして、だからこそ聞いていておもしろい!

来週のテーマは「魚の赤身と白身のちがいは何なの?」です。再来週は「カブトガニが『生きた化石』といわれるのはなぜ?」。
皆さんだったら、どんな「自分の意見」をもちますか?