語彙力を育てるものとは?

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執筆者

荒海 理恵

公立中高一貫校受検記述指導主任

「しばかり」を知っていますか?

 

E-styleの小3の授業で作文課題を出しています。
毎年同じ課題を出していると、世代ごとの「癖」のようなものが見えてきます。
ある学年はオノマトペを多用する。
ある学年はスピーチ原稿のような文体の生徒が多くなる。
ある学年は倒置法が多くなる。
とても不思議です。小学校での学習方針が、世代ごとに少しずつずれているのでしょうか?

 

また、年齢ごとの特徴というものもあります。

 

先日は「ももたろう」の物語を小3の生徒たちに書いてもらいました。
「ももたろう」のなかには「しばかり」という言葉が出てきます。
皆さんは「しばかり」とは何かご存知でしょうか?
漢字だと「柴刈り」と書いて、これは火をつけるときに使う小枝を山からとってくることを指します。「柴」とは、二宮金次郎の銅像が背中に背負っているあれですね。
でも生活のなかで柴を必要とする機会はほぼなくなっているので、現代において「しばかり」の意味を知っている人はかなり少ないのではないでしょうか。

 

ただ実際に物語ろうとすると、「意味がわからない言葉」をそのまま使うわけにはいきません。これはもう本能的なものでしょう。
子供たちは「しばかり」が何かわかりません。しかし、「おじいさんは山へしばかりに、おばあさんは川にせんたくに行きました」という決まり文句は覚えていますし、書かないわけにはいきません。
だから生徒たちは「しばかり」をそれぞれの方法でクリアしようとします。
ある子は、「おじいさんは山へ、おばあさんは川へせんたくに行きました」と書きます。「しばかり」という言葉を使わないのですね。
ある子は、「おじいさんは山へたきびのもとをとりにいきました」と書きます。これは「柴」とは何か、ということをきちんと理解している文ですね。
もちろん、意味はわからないまま「山へしばかりに」と書く子もいるのですが、実は少数です。

 

同じことを小6にやってもらうと、傾向が変わってきます。
ある子は、「おじいさんは山へ芝刈りに行きました」と漢字で書きます。
ある子は、「おじいさんは庭へしばかりに行きました」と書きます。
でも、どちらもまちがいですね。
学年があがり、「しば(芝)」という漢字を覚えたからこそ、こういったまちがいが生まれるのでしょう。
気になるのは、「山へ芝刈りに行く」と書いた子の多くが、「なんか変」とは思いつつも、「そういうこともあるかもしれない、昔のことだから」と思って、思考を停止していることです。
漢字があてはまったことで、疑問や違和感がうすれてしまうのかもしれません。「わかったつもり」になってしまうのでしょう。
一方小3の子は漢字の知識に欠けるから、違和感が残り続け、それを様々な方法でクリアしようとする。

 

よく「語彙力をつけるためにはどうすれば良いか」という質問をもらいます。
一般的には「読書をしましょう」「音読をしましょう」ということになります。
ただ、低学年のうちは「語りたいことを語らせる」ということが一番だと思います。
そうすると、言葉の意味について考えたり、必要な言葉を探したりすることができます。
それが「語彙力」につながります。
しかしそこには「語りたい」ものが必要です。

 

小3の子たちに「ももたろうを書いて」といったとき、最初は嫌がりました。「そんなのできない」と。
でも書き始めると、思ったよりすらすらと書けます。そうすると楽しくなります。
制限時間になったので書くのをやめさせると、どの子も「もっと書きたい!」と言いました。
「だってまだ鬼を退治していないもの」と。

 

「作文嫌い」の子が増えているという話もよく聞きます。
ただ低学年の子たちは、書くことを楽しんでいます。
語彙力をつけるなら、書くことを楽しんでいるうちが一番です。

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